第29回大会シンポジウム「EU離脱国民投票後の『福祉国家』英国とその教育を展望する」

シンポジウム  趣旨

EU離脱国民投票後、英国政治はその方向を見失っているように思えます。しかし、それはアメリカやヨーロッパ共通の状況でもあると思います。つまり、グローバル化の中で、従来の国民国家が立ち行かなくなった世界的な状況といえるのではないでしょうか。また、経済のグローバル化が進む中で、EUは政治のグローバル化でそれを統御しようとしたものであると考えると、近年のEU離脱の動きはこの試みを頓挫させるものであるとも言えます。

 さらに、この中でのコロナ禍です。最近、盛んに聞かれるようになった「コロナ後」というタームには、コロナ後の世界はそれまでの世界と異なる、という世界観が含まれているようにも思えます。

さて、神野直彦は次のとおり述べています。戦後、先進諸国が目指した福祉国家体制の下で、公式化された社会福祉は国家福祉を基軸としていた。しかし、資本が国境を越えて自由に動き回るようになったとき、福祉国家は行き詰まる。その状況下で、ポスト福祉国家のシナリオには二つの道がある。一つは「政策化」された社会福祉を縮小していくという新自由主義の描くシナリオであり、もう一つは地域福祉の「政策化」である。(神野直彦(2018)「地域福祉の『政策化』の検証:日本型福祉社会論から地域共生社会まで」『社会福祉研究』132号)

同様に広井良典も次のとおり論じます。19世紀以降の工業化の中で、「『共』的な原理(コミュニティ)、『公』的な原理(政府)、『私』的な原理(市場)のいずれもがナショナル・レベル(=国家)に集約されていった」(35頁)。しかし、1970年代から80年代ごろから、世界市場が成立し「すべてが『世界市場』に収斂し、それが支配的な存在となる」(35頁)。そのような時代状況において、これからの時代の一つの方向が「福祉をローカル・コミュニティに返していく」(68頁)ことである。(広井良典(2017)「なぜいま福祉の哲学か」広井良典編『福祉の哲学とは何か:ポスト成長時代の幸福・価値・社会構想』(ミネルヴァ書房))

以上の文脈の中で、つまり、グローバル化に伴い、国家福祉を主体とした従来の福祉国家はたちゆかなくなっているという文脈の中で、今後の英国とそして我が国における国家や社会のあり方、そこにおける教育のあり方を考えたい、というのがこのシンポジウムの趣旨です。そして、そこでのキーワードを「地域再生」としたいと考えています。そこでは、英国労働党政権時代、社会的排除に取り組むために、ボランタリーセクターを活用しながら地域再生政策が展開されたという実績、そして我が国でも、「『我が事・丸ごと』地域共生社会」が政策提案され、その議論の最中に社会福祉法が改正され、教育もその地域づくりの中に含まれることが明記されたこと、を意識しています。

こうした研究に取り組むには、学際的な共同研究が必要です。そこで、今回のシンポジウムでは、政治学と社会福祉学から英国研究の第一人者をお招きしました。近藤康史先生(政治学・名古屋大学)と山本隆先生(社会福祉学・関西学院大学)です。近藤先生には主に「福祉国家」という視点から、山本先生には、主にローカルコミュニティ(やボランタリーセクター)の視点からお話しいただけたらと考えています。考察の対象は主に英国になるでしょうが、我が国にも言及いただければとも思っています。コーディネーターは谷川が務めます。先生方のお話を教育につなぐ役割ができればと考えています。

                         (谷川至孝・京都女子大学)